2015/11/28 Nepal,Kathmandu “(’-’*) 日本人として”

あちこちの世界で戦争・・・日本人として日本でどうあるべきかねぇ。
んむぅ~~・・・・風邪薬が効いたか、ダイブ調子良い。まぁ、とりあえず出発は明日にしするべ。
緑茶飲んで映画みて、安静な午前中・・・・。
調べる事も大体調べたしぃ・・・ってか、インド北東部にミャンマーどちらとも情報少ないから行ってみないとわからんな。

お昼に何時もの丼屋へ行くが閉まってる・・・チョイチョイ他の店も閉まってる・・・・ネパールは土曜日休日のお店が多いみたいね。小奇麗な地元食堂でモモとチャーハン。
新聞を読んでると2週間前に起きたパリのテロ記事。
フランス国民の報復攻撃への賛同の声・・・・入隊希望者が急増してるとな・・・・。
被害者・犠牲者の方の気持ちは分からないけど、悲しみと怒りで膨れ上がってるのかもしれない・・・・・。
フランスもアメリカみたいに異色人種なお国、白人黒人アジア人・・・キリスト教徒仏教徒イスラム教徒・・・。
この中で、怒りがイスラム教徒に向かってしまったら、フランスに住むイスラム教徒までも標的になってしまうんでないか・・・・っと、思っちゃう・・・。
報復の為に入隊して戦争へ参加する前に・・・・もっと、近くの・・・・ご近所の・・・・隣人の・・・イスラム教徒と交流して話をする方が大事な気がする・・・・。

先進国には、アジア人街、インド人街、イスラム教徒街っと、同じ国に住んでいながらも生活区域が別なのがよく見受けられる。日本で例えれば、隣の駅は違う宗教の街みたいな感じ。
まぁそりゃそうだ、母国を離れても一生懸命に住む国のルールに従いながら、同じ宗教・人種で寄り添って助け合って生きてる。
なので、きっと毎日の生活に、異なる宗教・人種が入り込んで来ることは少ないだろ。
買い物で交流するくらいかもしれない。何か同じ趣味で繋がる事もあるかもしれない。
でも、学校が宗教事に別だったり、住む国の言語以外に母国語も勉強してたりする。
結局何処に住んでも、宗教の教えが生活基盤になってるんだと思う。

異なる宗教・人種になると、こちらの当たり前が相手に通じない事がある。
同じ国・地域に住んでいても、異なる宗教では交わる時間が少ないのかもしれない。
って事は、「相手の当たり前」を理解しないままで同じ地域で暮らして事になる。まあ、勉強すれば頭でお互いの宗教は理解できるけど。
キリスト教徒ってのは、日曜に教会でお祈り・・・する以外に、キリスト教徒独特の習慣を見たことないな。クリスマス・バレンタインデー・ハロウィン・セントパトリックデーっと、何故か出てくるクリスチャンの祝日。近いようで、よく知らないキリスト教徒。
イスラム教徒は、1日5回のお祈り優先・女性はチャドル着用(顔以外の露出を控える)の教え、旅人は幸福もたらしてくれるとの教えとかぁ・・・・・。
シク教徒は、誰でもウェルカム。困った時はお互い様なグル(教祖)の教え♪。友好的で海外在住者は多い。
ヒンドゥー教徒は、「カースト制度」(階級制度)は廃止されてるみたいだけどね。長い歴史から抜け出すのは容易でないインド人。海外在住者は同じインド人のシク教徒よりも少ないと気がする。
ユダヤ教徒も食べ物の制限が多いな。後は何か・・・へんてこな髪型してる・・・。
仏教徒って・・・のは、普段の生活に独特な文化は出てこないかもね。
東南アジアの小乗仏教徒(厳格な仏教徒)は、お坊さんと近い生活で托鉢したり熱心なお祈りしてるけど、日本人みたいな大乗仏教徒(ゆるやかな仏教徒)はそうでもない、お寺と距離が近いけえど、坊さんとは交わる時間なんて、冠婚葬祭くらい。
頭で違いを理解していても、お祈りの時間なので失礼します・・・っとか、豚肉はちょっと・・・牛はちょっと・・・ウロコのある魚はちょっと・・・・っとか、一緒に生活したら何かしら違いが出てくる。

当たり前の生活の中でも、異宗教との交流が多ければ理解が増えるんじゃないかなぁ・・・・。
今の世に出回る事件ばっか見て聞いてると、イスラム教徒は「テロ」集団だと思い込んでしまう。
普通の生活、家族と楽しい日々、「困ったときはお互い様」な、人懐っこい、笑顔の溢れるイスラム教徒が殆どなのに。
爆弾落として傷つくのは、そんな普通の生活をしてる人ばかりみたい・・・・・。
何処かで憎しみの連鎖から抜け出せないのかね。
爆弾作って戦争して領土確保に躍起になってる人達から抜け出せないのかね。
報復は報復を呼ぶだけだと十分歴史で学んでるんじゃないのかね。
なんで、我欲を抑えて理解する努力をしながら寄り添って共に生きていこうとしないんだろかね。
何処の先進国も異色人種国家に変わりつつある。
日本もこれからドンドン、外人の人口が増えていくんだろ。現に増えてるしね。
日本の場合は、労働力が足りなくなるので海外の労働力に頼る日がきてる。

異なる宗教と文化の人達と、共に生きていくには・・・・
迎えるなら・・・・交流する機会をもつように努め、相手の文化を理解して共に生きていかないとな。
そうすれば、自国にいながら遠く離れたイスラム文化・異文化が聞こえてくるかも。
イスラム教徒って良い人・文化なんだ♪って思うようになるだろ。
我欲を抑えて、相手を理解するように努め、交流を増やせば・・・・アホのように爆弾ブッ飛ばさないでも問題は解決するかも。

きっと問題なんて大した問題じゃないはず。
誰かが叩いたから叩き返した・・・その程度から何時の間にか爆弾に爆弾の報復に、原爆の睨み合いにまで憎悪が膨らんじゃったんだろ・・・・。
こんなアホな大人の喧嘩で沢山の人が泣いてるんだと思う・・・っと、バカバカしいわ。あぁ~バカバカしい。
兄弟喧嘩くらいバカバカしい。ってか、同じレベルかも。喧嘩両成敗。両方にゴメンなさいの心が生まれない限り歩み寄れないかも。
時間と歴史が、勝手に問題を大きく難しく複雑にしてるだけで、根源は単純な問題だったはず。

まずは自分からが何が出来るか・・・・考えるね・・・・。
自分のためには日本のために。日本のためには世界と地球のためになるはず。
日本は海外観光客が増え、今は地方でも外人観光客が押し寄せてるみたいだし、異文化との交流が当たり前になってきてるはず。
他人事でなく近い将来、生活の中に、近所に、隣人に、異文化の外人さんが入ってくるはず。
その時に・・・何処までその人と寄り添って同じ地域で生きていけるのか・・・。
日本の当たり前を押し付けるばかりでなく、相手を理解しながら歩み寄っていければいいかもな。
日本で幼少時代から過ごす混血の子供も増えてる。
日本の文化で育てば、自然と日本の文化・生活習慣が当たり前になる。肌が白くても黒くても日本人になるんだろ。肌の色より生活環境がその人の「アイデンティティ」を育むはず。
ダンスが上手な肌の黒い日本人。
ウェルカムで陽気な肌の白い日本人。
鼻が高く濃い顔とヒゲの日本人。
寛容で穏やかで同じ顔した異なる宗教の日本人。
これから色んな日本人が増えていくんだと思う。
こんな日本列島の中で、守りたい、伝えていきたい大事な日本の文化って何だろう・・・。
私が子供の頃に教わった事・・・
朝は元気に「おはよう!」。
靴を脱いだら揃える。
頼む時は「お願いします」。嬉しかったら「ありがとう」。悪く思ったら「ごめんなさい」。
物を粗末にしない「もったいない」文化。
集団行動の規律・・・・困難に立ち向かえる一致団結できるお互いの理解力。
武道から学ぶ「礼に始まり礼に終わる」。
道具・体育館・運動場にも敬意を払う。全てには誰か人が携わり、全てに人の思いが込もってる。全て大して「ありがとう」の心を持てば、物も自然も回りの全てを大事に出来る。
・・・・もっと幼少時代に教わった大切な事があるはずだが・・・・いつの間にか忘れてしまってるかも・・・・。
「日本人」としての心って、幼少時代に周りの大人達から勝手に習っていて、何時の間にか「日本人」として育ってるはず。これって大事な「日本文化」だと思う。
当たり前過ぎて気にも止めなかった、幼少時代に大人たちから教わっていた「日本人」の礼儀作法・文化を、今は忘れてしまってるだけ。はたまた、もう近年の大人はこの当たり前を子供に伝えてないのかも・・・・。
私は環境に恵まれていたから、自然と多くを学んでたんだと思う。いまコレだけ思い出す事が出来るし。
けど、忘れかけてもいる。
人が生きるために、人と交わるために大事と習った、「日本文化」を思いだしてかないとな。
次の世代にこの当たり前の「日本文化」を伝えていくのは、今を生きる大人の大事な役目だろうし。
日本の大事な文化を外人さんにも理解してもらえるように、私はシッカリと「日本人」でいないと。
異文化にも敬意を払える、大事な日本文化・心を伝えられる「日本人」として、外人さんを受け入れて共に生活していきたいもんだね。

・・・っとな。そんな事考えていると夜だわ。体調は良く・・・なったかな?まぁ寒気は消えた。
カトマン最後の晩餐は、お米お代わりし放題の中華でぇ!・・・食欲はまだイマイチだぁ・・・っと3杯お代わり♪。
明日出発しよ。まずはネパールを東へと向かう。明後日には低山岳地帯を抜けて平らな低地に入るでしょ。

・・・また暑くなるのかなぁ・・・・インド北東部・ミャンマーと、お次のステージが始まるっす!

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